2月末のある日の会話。「先週末はラーメンを食べに出かけたんですよ。」「どこに行きました?」「ちょっと熊本まで」相手は目を丸くした。そう、1泊2日で熊本まで、ラーメンを食べることを目的に往復してきたのである。
熊本行きの飛行機の中、読むのは「タウン情報くまもと」のラーメン特集である。博多と並ぶトンコツラーメンの本場でありながら、新しいラーメン本は無く、この雑誌の記事だけが頼りである。行く候補の店を選ぶ。1泊2日で少なくとも8−9杯は食べようと思う。一般に、地方にラーメンを食べに行くときにタウン誌のラーメン特集はガイドブックに載っていない新しい情報があるので役に立つ。
熊本に到着したが、まだラーメンを食べるには時間が早すぎる。そのため、空港からバスを途中下車して、水前寺公園に寄った。細川家の庭園。水の都の熊本を象徴するように澄んだ池の水である。ラーメンばかりではなく観光も、と言いたいところだが、実際にラーメンを食べ歩く身にとっては、ちょうどラーメン屋さんが名所・旧跡のようなもの。もし、すでに昼近い時間だったら水前寺公園に寄ることはなかっただろう。
まずは開店直後の山水亭という店へ。ここの名物の地鶏ラーメンは数限定なので、遅い時間に行くと売り切れてしまうためである。トンコツラーメンと地鶏という組み合わせは想像つかなかった。地鶏とタマネギを炒めたものが、トンコツラーメンによく合うのは実際食べても不思議である。1軒目にして新発見である。どうやらスープには鶏ガラも使われているようで、そのため、鶏肉との相性もいい。
2軒目は新横浜ラーメン博物館に出店している「こむらさき」の本店へ。店内に入ったとたんに声をかけられる。なんと、別府に住んでいる友人だ。こんなところで会うなんて奇遇としか言いようがない。ここのトンコツラーメンは、棘がないので一般受けはする味だと思ったが、私には新横浜ラーメン博物館の支店の方が美味しく感じた。
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3軒目は駅裏の、80歳近いおばあちゃんが一人で守っている店。タクシーの運転手にも、「こんなところにラーメン店があるんだ」と、びっくりされた。ここラーメンは400円と安い。おばあちゃんは慣れた手つきでラーメンを作る。チャーシュー、キクラゲ、青ネギ、海苔。全体が絵としてはきれいだ。クリーミーな見た目とは違いあっさりしたスープだが、もともとのトンコツラーメンのベースはこのようなものかも知れない。
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三徳 |
三徳(外観) |
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今日はまだまだ先がある。熊本県の南端、人吉まで行くのだ。列車の窓から見える球磨川は滔々と流れていて美しい。人吉駅には3時過ぎに到着した。まず「狸」という新店を目指す。乾燥キクラゲ、青ネギ、海苔ののったラーメンは熊本ラーメンのありふれたスタイル。一見すると少し薄くてあっさりしていると思ったスープに、油に頼っていないコクと旨みがある。麺は中細の加水の低いタイプでスープにぴったり。これまでに食べたトンコツラーメンでもトップクラスのラーメンに遭遇した。すでに3杯食べていておなかの調子は決してよくないのだが、夢中でどんどん食べ進んでしまう。底からつぶしたニンニクが2つ出てきた。スープにニンニクがコクを与えているのだろう。このスープはもともと主人(おばさん)の母親が作っていた流儀だそうだ。
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次の店が最大の難関である。上村というところにある「看板の無い」店なんだそうだ。バスでも行けるが1日2−3便。そこで人吉から30分のくま川鉄道の駅からタクシーに乗ることになる。タクシーの運転手に告げると、すぐにわかりほっとする。到着したのは、上村役場の裏だった。「西峯ラーメン」は役場に勤める人の食堂のような店であることがわかる。外見は普通の民家。とてもラーメン屋とはわからない。
タイプは狸と似ていてニンニクがここでは浮いている。ただ胡椒が利きすぎていて、肝心の味がよくわからなかった。もう40年近くこのスタイルでやっているらしい。ニンニクはこの地方ではよく使うとのこと。メニューにうどんがあるので、ラーメンの麺のかわりにうどんを使うのか?と聞いたら、普通の(スープの)うどんです。ただ今はやっていないとのこと。
人吉に戻り、今回の旅の最大の目的の店へ。好来。「はおらい」と読む。神奈川のトンコツラーメンの評判店「なんつッ亭」の主人がここで修業したのだ。丼のサイズは一見大きくないが、下が丸めで広がっているのでボリュームは多い。ニンニクを揚げて作ったマー油による茶色いスープに大量の麺。300gはあるのではないか。細モヤシがどんと乗る。麺は少し細めで堅めに茹でられているので、時間がたってもへたることはないが、さすがに量が多いので飽きてきた。また、スープがトンコツラーメンというには、さらっとしているのだ。他の熊本ラーメンだけではなく、なんつッ亭とも違う。食べ終わって、なんつッ亭には行っているという話をすると、喜んで、「元気でやっているか?」と。
さて、今日はこのまま人吉に泊まることにする。宿に荷物を置き、共同浴場へ。広い古めかしい浴槽に一人。気がつくと昭和24年の注意書きの看板がある。さすがにここは西峯ラーメンよりも古いのかな、と思った。風呂に入って少し元気になり、夜中まで営業している珍来軒に。もちろん食べるのはラーメン。しかし、ホテルに戻ると買ってきた、くま焼酎もほとんど手をつけないうちに眠ってしまった。
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翌朝。1日で7杯食べた影響は大きく、しばらく食べ物を取る気にならない。そこで午前中は、球磨川の川下りで時間をつぶすことにする。一見、緩やかに見えた球磨川も所々に急流の瀬があり、少々スリルがある。冬の間はこたつ船というスタイルで、他のお客さんと向き合って座る。人吉にはラーメンを食べに来たと言っただけで、ラーメン王であることがわかってしまった。ちょうどこちらでは一週間前にテレビ放映されたためらしい。
船を降りJRに乗り、熊本を通りこして玉名まで行く。ここに、熊本のなかでも古い「天琴」がある。ラーメンは表面にラードの脂の層。下のスープは少し茶色がかっている。薄いかな、と思ったが、塩味が強めでバランスはいい。トンコツの臭みも少し漂う。麺はつるつる感も少しあり、堅めでいい。スープと脂も適度に麺に絡む。最初のうちは、伝統の味、衰えていないのだな、という感じで食べていた。ただ、だんだん麺に力がなくなると、スープとのバランスが悪くなり、食べられなくなった。気が付くと、ほとんどの人がスープを残している。食べはじめのバランスの良さで引っ張っているラーメンなのだろう。でも古い店でこれだけの味を維持してお客を絶えさせないのは評価できる。
店を出て橋をわたると、そこに知り合いの情報で評判の良かった「桃苑」。生卵入りのラーメンを注文する。スープは熱く、玉子がかたまりはじめている。トンコツスープにこくがある。うまいので、どんどん飲んでしまう。麺は天琴と似ているが、へたりはない。途中で玉子を溶いて味の変化を楽しむことができた。新旧2店、本当は甲乙付け難しと言いたいところだが、敢えて「桃苑」に軍配をあげたい。2軒の店とも向かいにある玉名市役所がお得意さんのようだ。市役所の中にも、天琴派と桃苑派がいたりすると面白い。
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さて、熊本に戻る。是非、寄らなければいけない店が1軒残っているのだ。駅から5分ほど歩いたところにある黒亭。4時という中途半端な時間なのに店内は満員。ただ女性従業員の接客が素晴らしい。前の客がいなくなるとすぐに丼を下げて次の客を案内する。またコップの水がなくなると入れてくれる。厨房ではおばあさんが丁寧にチャーシューを切っているのが見える。この雰囲気だけで期待が高くなった。一軒すると豚骨醤油かなとも思う、茶色のスープはボディに強い深みがあり、ぐいぐい飲める。すっきりした甘みさえ感じるので不思議である。中細の麺は少し柔らかめかなと思ったが、力強さが最後まで続く。もう1軒行けそうなので繁華街にある「天和」へ。入口付近に製麺機が置いてあり、自家製麺に期待が高くなる。とんこつベースではあるが、澄んであっさりしている。口の中に含むと少し甘みが広がる。自家製麺の麺は少しつるつる感がある。スープとの相性で麺を作っているのだろうか。
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1泊2日、11杯の旅は終わった。熊本ラーメンといっても、簡単に定義することは難しい幅広さと奥深さがあることを実感した。帰りの飛行機の中、今回の旅に満足というよりも、また来てみたいという気持ちがだんだんと強くなってきたのである。
後日、なんつッ亭の主人と話をする機会があり、「正直言って、なんつッ亭の方が美味しいと思うんですよ」と言うと、我が意を得たりという顔で、「いろいろと努力しているんですよ。なんとか師匠は越えたと思っているんです」と。